中小企業向け越境EC入門

中小企業向け越境EC:海外取引で知っておくべき契約と商習慣の基本

Tags: 越境EC, 海外取引, 契約, 商習慣, リスク管理, 中小企業, 法務

越境ECに初めて挑戦される中小企業の経営者の皆様にとって、海外との取引は未知の領域が多く、特に「契約」や「商習慣」については戸惑いを感じることも少なくないかと存じます。国内取引とは異なるルールや考え方が存在するため、これらの基本を理解しておくことは、リスクを回避し、安定した事業を継続する上で極めて重要です。

この情報は、越境ECを検討されている、あるいは開始されたばかりの中小企業経営者の皆様が、海外取引における契約と商習慣の基本的な考え方、そして対応策を把握し、適切な経営判断を行う一助となることを目的としています。

なぜ海外取引における契約と商習慣の理解が必要なのか

越境ECは、国境を越えて商品を販売できる大きな機会を提供しますが、同時に様々なリスクも伴います。その中でも、取引に関する誤解や認識の違いから生じるトラブルは、事業継続に大きな影響を与えかねません。

例えば、「言った、言わない」の水掛け論や、支払いの遅延、予期せぬ返品要求などが挙げられます。これらの問題の多くは、契約内容が不明確であったり、相手国の商習慣を理解していなかったりすることに起因します。

海外との取引を円滑に進め、不要なトラブルを避けるためには、契約の重要性を理解し、地域ごとの商習慣があることを認識した上で、適切な対策を講じることが不可欠です。

越境ECにおける「契約」の基本

国内でのビジネスでは、口約束でも契約が成立することが多く、商習慣に基づいた暗黙の了解も少なくありません。しかし、海外取引、特に越境ECにおいては、この考え方は通用しない場合が多いと考えた方が安全です。

契約書の重要性

国際取引においては、取引内容を明確に定めた書面による「契約書」を作成することが非常に重要です。なぜなら、国によって法制度や商習慣が異なるため、認識のずれが生じやすく、トラブル発生時にどのようなルールに基づいて解決するかが曖昧になりがちだからです。契約書は、取引当事者間の合意内容を明確にし、予期せぬ事態が発生した場合の対応ルールを定めることで、双方のリスクを低減する役割を果たします。

越境ECで海外の顧客と個別に契約書を交わすことは稀ですが、大規模なBtoB取引や、現地の販売代理店と契約を結ぶ場合などには必須となります。また、自社ECサイトで販売する場合でも、サイト上の「利用規約(Terms of Service)」は、顧客との間の契約に相当する重要なものです。この利用規約を、ターゲットとする国の法規制や商習慣に配慮して適切に整備することが求められます。

契約書や利用規約に含めるべき主な事項

契約書や利用規約には、少なくとも以下の項目を含めることが望ましいです。

言語と準拠法・裁判管轄

契約書や利用規約は、取引相手が理解できる言語で作成する必要があります。通常、英語が国際取引の共通言語として広く用いられますが、対象国が現地の言語を強く推奨する場合もあります。

また、最も専門的な判断が必要となるのが「準拠法」と「裁判管轄」です。例えば、日本法を準拠法とし、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所と定めることが自社にとっては最も望ましいと考えられますが、相手国によっては受け入れられない場合もあります。この点については、国際法務に詳しい弁護士などの専門家に必ず相談されることを強く推奨します。

海外の「商習慣」とは?

商習慣とは、特定の地域や業界において、長い時間をかけて培われた取引の慣習や慣行のことです。これは法的な拘束力を持つ規則とは異なりますが、実際のビジネスにおいては、契約内容と同様に、あるいはそれ以上に影響力を持つ場合があります。

商習慣は、その国・地域の文化、歴史、宗教、社会構造など、様々な要因によって形成されます。したがって、国や地域によって大きく異なることを理解しておく必要があります。

商習慣の違いの例

具体的な商習慣の違いの例をいくつか挙げます。

これらの商習慣の違いを理解せずに取引を進めると、「なぜ約束通りに進まないのだろう」「どうして相手はこのような反応をするのだろう」といった戸惑いや不信感につながり、トラブルの原因となり得ます。

中小企業が海外取引で取るべき対策

海外取引における契約と商習慣の違いを踏まえ、中小企業が具体的にどのような対策を取るべきかをご紹介します。

1. 情報収集と学習

ターゲットとする国・地域の法規制だけでなく、商習慣に関する情報収集を積極的に行いましょう。書籍、インターネット、現地のビジネス関連団体、ジェトロ(日本貿易振興機構)などの公的機関が提供する情報などが役立ちます。可能であれば、その国でのビジネス経験を持つ専門家や企業に話を聞くことも有効です。

2. 契約書の整備と専門家への相談

前述の通り、海外取引においては契約書、あるいは利用規約の整備が不可欠です。テンプレートをそのまま使用するのではなく、自社のビジネス内容、ターゲット市場、そして想定されるリスクに合わせてカスタマイズする必要があります。

特に、準拠法や裁判管轄、商品の保証、責任範囲といった重要な項目については、国際取引やターゲット国の法務に詳しい弁護士や専門家(越境ECコンサルタントなど)に必ず相談し、法的に有効で、自社にとって不利になりすぎない内容で契約書を作成してもらうことが極めて重要です。初期費用はかかりますが、後々のトラブル対応にかかるコストやリスクを考えれば、必要な投資と言えます。

3. コミュニケーションの丁寧化

商習慣の違いから生じる誤解を防ぐためには、コミュニケーションをいつも以上に丁寧に行うことが大切です。曖昧な表現は避け、伝えたい内容を明確に、具体的に述べましょう。メールや書面でのやり取りは記録として残るため、特に重要です。また、必要に応じて現地の言語に堪能な担当者や翻訳サービスを活用することも検討しましょう。

4. リスクヘッジと柔軟な対応

商習慣は法的なルールではないため、全てを契約書で縛ることは現実的ではありません。ある程度の予期せぬ事態は起こり得ると心構えを持っておくことも重要です。

最初は小規模な取引から始め、相手との信頼関係を構築しながら徐々に取引を拡大していく「スモールスタート」も有効なリスクヘッジ策です。また、貿易保険の利用なども検討の価値があります。

予期せぬ問題が発生した場合でも、感情的にならず、相手の文化や商習慣を理解しようと努め、柔軟な姿勢で解決策を探ることが、長期的なビジネス関係を築く上で重要になります。

まとめ

越境ECにおける海外取引は、国内取引とは異なる契約の考え方や、国・地域による多様な商習慣が存在します。これらの基本を理解し、適切に対応することは、リスクを最小限に抑え、信頼できる取引関係を築き、最終的に越境EC事業を成功させるための重要な土台となります。

契約書の整備、特に準拠法や裁判管轄といった専門的な事項については、必ず専門家に相談されることを強くお勧めします。また、ターゲット国の商習慣に関する情報収集を怠らず、文化的な違いにも配慮した丁寧なコミュニケーションを心がけることが、海外取引の成功に繋がる鍵となります。

海外取引のハードルは決して低くはありませんが、これらの基本をしっかりと押さえ、着実に取り組んでいけば、越境ECという新たな販路を通じて、皆様の事業を海外へ広げていくことが可能となります。