初めての越境EC:中小企業が知っておくべき「社内体制」の整え方
越境EC成功の鍵:なぜ「社内体制」が重要なのか
越境ECに挑戦を検討されている中小企業経営者の皆様へ。海外市場への販路開拓は、新たな成長機会をもたらす大変魅力的な選択肢です。しかし、国内でのEC運営とは異なり、越境ECには独自の複雑さや留意点が多く存在します。
その成功を左右する要因の一つに、「社内体制の構築」があります。「何から始めれば良いか分からない」「誰に何を任せれば良いのだろうか」といった疑問は、初めて越境ECに取り組む経営者の皆様が共通して抱えるものです。
限られたリソースの中で越境ECを円滑に進めるためには、誰がどのような役割を担い、どのような業務を遂行するのかを明確にした社内体制を、事前にしっかりと整えることが非常に重要になります。体制が不十分なまま見切り発車してしまうと、業務が滞るだけでなく、顧客満足度の低下や予期せぬトラブルにつながるリスクが高まります。
この記事では、中小企業の皆様が初めて越境ECに取り組むにあたり、どのような社内体制を構築すれば良いのか、必要な役割や考え方について、具体的なステップを追って解説します。
越境ECに必要な主な業務と求められる役割
まず、越境ECを運営するために必要となる主な業務を洗い出してみましょう。これらの業務を理解することで、自社に必要な担当者やスキルが見えてきます。
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企画・戦略立案:
- どの国・地域をターゲットにするか?
- どのような商品を販売するか?
- どのような販売チャネル(自社サイト型、モール型など)を利用するか?
- 全体の事業計画、予算策定、リスク管理。
- 求められる役割: 経営判断、市場分析、戦略的意思決定を行うリーダーシップ。
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商品企画・準備:
- 海外市場向けの商品選定、ラインナップ構成。
- 海外での販売に必要な認証や許認可の確認・取得。
- 在庫管理(国内在庫との連携、海外向け在庫の確保)。
- 求められる役割: 商品知識、市場ニーズ理解、サプライヤーとの連携能力。
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サイト構築・運用(またはモール出店・運用):
- ECサイトのデザイン、構築、保守(自社サイト型の場合)。
- 商品情報の登録、更新(多言語対応、単位換算など含むローカライズ)。
- 価格設定、プロモーション設定。
- システムの安定運用、セキュリティ対策。
- 求められる役割: Web制作・運用知識(外部委託も含む)、ITリテラシー、商品登録・管理能力。
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ローカライズ(言語・文化対応):
- サイトコンテンツ、商品情報、FAQなどの翻訳・書き換え。
- ターゲット国の文化や習慣に合わせたデザイン、表現の調整。
- 通貨、単位(サイズ、重量など)の変換・表示。
- 求められる役割: 語学力、ターゲット国の文化理解、翻訳・ライティング能力(外部委託の管理能力)。
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マーケティング・集客:
- ターゲット国での市場調査、競合分析。
- SEO(検索エンジン最適化)、SEM(検索エンジンマーケティング)。
- SNSマーケティング、インフルエンサーマーケティング。
- オンライン広告運用。
- メールマガジン配信。
- 求められる役割: デジタルマーケティング知識、データ分析能力、コミュニケーション能力。
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受注処理・顧客対応:
- 注文内容の確認、処理。
- 決済状況の確認。
- 海外顧客からの問い合わせ対応(多言語)。
- 返品・交換・返金対応。
- クレーム対応。
- 求められる役割: 語学力(特に読み書き)、コミュニケーション能力、商品知識、丁寧な対応力。
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物流・配送手配:
- 商品の梱包、発送準備。
- 国際輸送手段(クーリエ、国際郵便など)の選定、手配。
- インボイス作成、輸出関連書類作成。
- 追跡番号の管理、顧客への通知。
- 配送トラブル対応。
- 求められる役割: 国際物流知識、通関知識、正確な事務処理能力。
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法務・財務・経理:
- ターゲット国の法規制、商習慣の調査、遵守。
- 特定商取引法に基づく表記(海外向け)。
- 知的財産権の保護。
- 関税、消費税などの税務処理。
- 売上管理、入金確認(多通貨)、経費管理。
- 為替リスク管理。
- 求められる役割: 法務知識(国際取引)、税務・会計知識、財務管理能力(専門家との連携)。
これら全ての業務を最初から社内で完結させるのは、多くの中小企業にとって現実的ではないかもしれません。重要なのは、自社のリソース(人材、時間、予算)を正しく把握し、どの業務を内製し、どの業務を外部に委託するかを見極めることです。
自社のリソースと必要なスキルを見極める
次に、越境ECに取り組むにあたり、自社の現状のリソースを確認しましょう。
- 経営者ご自身: 最終的な意思決定者として、全体戦略の推進、重要な契約の締結などを担います。
- 既存社員: 現在の業務との兼ね合いで、どの程度越境EC業務に時間を割けるか、またどのようなスキル(語学力、特定の業務経験など)を持っているかを確認します。例えば、国内ECを担当している社員がいれば、商品登録や受注処理の一部を任せられるかもしれません。経理担当者がいれば、海外取引の経理処理について相談できます。
- 外部リソース: 不足しているスキルや人員を補うために、外部の専門家やサービスを活用することを検討します。例えば、翻訳会社、国際物流業者、越境ECコンサルタント、Web制作会社、オンライン広告運用代行会社などがあります。
特に初めての越境ECでは、社内に越境ECに関する専門知識や経験を持つ人材がいないことがほとんどです。この場合、企画・戦略立案の一部や、ローカライズ、物流、マーケティング、法務・税務といった専門性の高い分野は、外部のプロフェッショナルに依頼することを初期段階から検討するのが現実的です。
体制構築の選択肢:内製と外部委託のバランス
越境ECの体制構築には、大きく分けて以下の二つのアプローチがあります。
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可能な限り内製化する:
- メリット: コストを抑えられる可能性がある、自社内にノウハウが蓄積される、意思決定が速い。
- デメリット: 社員への負担が大きい、専門知識の習得に時間がかかる、失敗のリスクが高い。
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外部委託(アウトソーシング)を積極的に活用する:
- メリット: 専門家の知見を活用できる、迅速に開始できる、社内リソースの負担を軽減できる、リスクを分散できる。
- デメリット: コストがかかる、自社内にノウハウが蓄積されにくい、委託先との連携・管理が必要。
多くの中小企業にとって現実的なのは、これらのアプローチを組み合わせるハイブリッド型です。
- 経営者ご自身: 全体戦略の方向性決定、主要な外部パートナーとの契約締結など、重要な経営判断に集中します。
- 既存社員: 商品知識が必要な業務(商品登録、問い合わせ対応の一部など)や、既存業務の延長で対応可能な事務作業などを担当します。
- 外部リソース: 専門性が高い業務(ローカライズ、国際物流手配、海外向けマーケティング、法務・税務など)や、一時的に発生する業務(サイト構築など)を委託します。
特に初期段階では、外部の越境EC支援事業者やコンサルタントに相談し、必要な業務の洗い出しや体制構築のアドバイスを受けることも有効です。彼らは様々な企業の越境EC立ち上げを支援した経験を持っており、中小企業が陥りやすい落とし穴や、最適な外部リソースの活用方法について具体的な示唆を与えてくれます。
具体的な体制構築のステップ
それでは、実際に越境ECの社内体制を構築する際の具体的なステップを見ていきましょう。
ステップ1:必要な業務の洗い出しと担当の仮決め
前述した越境ECの主な業務リストを参考に、自社のビジネスモデルやターゲット国に合わせて、具体的にどのような業務が必要になるかをリストアップします。次に、それぞれの業務について、「誰(自社社員または外部委託先)」が担当するかを仮決めしていきます。この段階では、あくまで仮決めでも構いません。
ステップ2:現状の社内リソースとスキルの棚卸し
既存社員一人ひとりの現在の業務負荷、スキル、語学力、越境ECへの関心などを丁寧に確認します。越境EC担当として適任な人材がいるか、育成することで担当させられるかなどを検討します。
ステップ3:内製と外部委託の最終的な判断
ステップ1と2の結果を踏まえ、どの業務を社内で担当し、どの業務を外部に委託するかを最終的に判断します。コスト、スピード、求める品質、リスクなどを総合的に考慮します。特に、多言語対応、海外向けマーケティング、国際物流、法務・税務といった分野は、専門家への委託を強く検討すべき領域です。
ステップ4:担当者の決定と役割・責任範囲の明確化
社内で担当する業務について、責任者と担当者を正式に決定します。それぞれの役割、責任範囲、目標を明確に定義し、本人とも共有します。兼任となる場合は、既存業務との優先順位や時間配分についても話し合っておくことが重要です。
ステップ5:外部委託先の選定と契約
外部委託が必要な業務について、複数の候補から最適な委託先を選定します。過去の実績、専門性、費用、コミュニケーションの取りやすさなどを比較検討し、信頼できるパートナーと契約を締結します。契約内容(業務範囲、納期、費用、秘密保持など)は綿密に確認しましょう。
ステップ6:情報共有と連携体制の構築
社内担当者同士、および社内担当者と外部委託先との間で、スムーズに情報共有ができる体制を構築します。定期的な会議、チャットツール、プロジェクト管理ツールの導入などを検討します。特に、海外とのやり取りや、複数の外部パートナーが関わる場合は、情報伝達の遅延や誤解がトラブルの原因となりやすいため、連携ルールの整備が不可欠です。
失敗事例から学ぶ体制の落とし穴
越境ECの体制構築において、中小企業が陥りやすい失敗事例とその教訓を紹介します。
- 「誰かがやってくれるだろう」という責任の不明確化: 特定の担当者を決めず、複数の社員が手探りで業務を進めた結果、業務の漏れや遅延が発生。
- 教訓: 各業務の責任者・担当者を明確にし、役割分担を定めることが不可欠です。
- 「何でも自分で抱え込みすぎる」: 経営者や少数の社員が、専門外の業務まで全て一人でこなそうとして疲弊。専門知識不足によるミスを招く。
- 教訓: 自社のリソース限界を認識し、必要に応じて専門知識を持つ外部リソースを積極的に活用しましょう。
- 「外部に丸投げして任せきり」: 外部委託先に任せっきりで、進捗状況や結果を確認しない。サービスの質が期待外れだったり、費用対効果が悪かったりしても気づかない。
- 教訓: 外部委託はあくまで自社の手足です。定期的な報告を求め、進捗を確認し、パートナーとして共に事業を進める意識を持つことが重要です。
- 「情報共有が属人化している」: 特定の担当者しか海外顧客とのやり取りや特定の業務プロセスを知らない。担当者が不在になると業務が滞る。
- 教訓: 業務フローや顧客情報を共有できる仕組み(マニュアル作成、情報共有ツールの活用など)を構築し、複数人が状況を把握できるようにしておくことがリスクヘッジになります。
これらの事例からわかるように、体制構築は単に担当者を配置するだけでなく、役割の明確化、情報共有の仕組み作り、そして外部リソースとの連携方法まで含めて検討する必要があります。
まとめ:最初の一歩としての体制構築
初めての越境ECは、手探りの中で進める部分が多くあるかもしれません。しかし、事業成功の確度を高め、将来的に事業を拡大していくためにも、初期段階でのしっかりとした社内体制の構築は非常に重要です。
全てを完璧に整えてから始めようとする必要はありませんが、少なくとも「誰が、何を担当するのか」「何が足りないから外部に頼むのか」といった基本的な枠組みは明確にしておくべきです。
まずは、越境ECに必要な業務を理解し、自社のリソースを確認し、どこを内製し、どこを外部に委託するかという方針を定めるところから始めましょう。必要であれば、越境EC支援の専門家にも相談し、貴社に最適な体制を共に考えてもらうことも有効な手段です。
この情報が、貴社の越境EC挑戦に向けた社内体制構築の第一歩となることを願っております。