初めての越境EC:経営者が知るべき「目標設定」と「重要指標」(KPI)
越境ECへの第一歩を踏み出す際、「売上を上げたい」という漠然とした目標をお持ちになる経営者様は多いでしょう。しかし、越境ECを成功させるためには、単に「売上を上げたい」というだけではなく、より具体的な目標を設定し、その達成度を測るための指標(KPI)を定めておくことが極めて重要です。
目標や指標がないまま越境ECを進めることは、目的地が分からない船で航海するようなものです。どこに向かっているのか、順調に進んでいるのか、立ち止まって見直すべき点はどこか、といった経営判断の根拠を得ることが難しくなります。
この記事では、初めて越境ECに挑戦する中小企業経営者の皆様へ向けて、なぜ目標設定とKPI設定が必要なのか、どのような目標を設定すべきか、そして具体的にどのような指標を見ていけば良いのかを分かりやすく解説いたします。
なぜ越境ECに目標設定とKPIが不可欠なのか
越境ECは国内ECとは異なり、文化、言語、商習慣、法律、税金など、考慮すべき要素が多く存在します。このような複雑な環境下で事業を進めるためには、計画的かつデータに基づいた意思決定が不可欠です。
目標設定とKPI設定を行うことで、以下のようなメリットが得られます。
- 経営判断の明確化: 現在の状況が良いのか悪いのか、何が原因で目標達成ができていないのか、といった判断を下すための客観的な基準が得られます。
- リソースの最適配分: 限られたヒト・モノ・カネといった経営資源を、最も効果的な活動に集中させることができます。
- 課題の早期発見: KPIを定期的にモニタリングすることで、問題が発生している箇所を早期に特定し、迅速な対策を講じることができます。
- チームの方向性統一: 関係者間で共通の目標と指標を持つことで、一体感を持って事業に取り組むことができます。
- モチベーション維持: 目標達成に向けた進捗が見える化されることで、関係者のモチベーション維持につながります。
越境ECにおける目標設定の考え方
越境ECの目標は、単に「売上○○円達成」といった最終的な結果だけではなく、その結果に至るまでのプロセスや、どのような状態を目指すのかを含めて設定することが望ましいです。
具体的な目標設定の際には、SMART原則のようなフレームワークを参考にすると良いでしょう。
- S (Specific - 具体的に): 目標は曖昧ではなく、誰が見ても理解できるよう具体的に設定します。「売上を増やす」ではなく、「ターゲット国Aにおけるサイトからの月間売上を○○円にする」のように具体的にします。
- M (Measurable - 測定可能に): 目標達成度を測れるように、数値で表現できる目標を設定します。
- A (Achievable - 達成可能に): 現状の経営資源や市場環境を踏まえ、現実的に達成可能な範囲で目標を設定します。高すぎる目標は早期の諦めにつながりかねません。
- R (Relevant - 関連性があるか): 設定した目標が、越境EC事業全体の目的や、会社の経営戦略と関連しているかを確認します。
- T (Time-bound - 期限を明確に): いつまでにその目標を達成するのか、明確な期限を設定します。これにより、計画に沿って進捗を管理しやすくなります。
初めての越境ECの場合、最初は「売上」という結果目標だけでなく、「ターゲット国からのサイト訪問者数を月間○○人にする」「最初の顧客を獲得する」といった、より手前のプロセスに関する目標を設定することも有効です。これにより、一つずつクリアしていくことで自信をつけながら進めることができます。
経営者が押さえるべき主要な重要指標(KPI)
目標設定ができたら、次にその目標達成度を測るための具体的な指標、すなわちKPIを設定します。越境ECにおいて重要となるKPIは多岐にわたりますが、ここでは特に経営判断に直結しやすく、初めての方でも理解しやすい主要な指標をご紹介します。
これらの指標は、Google Analyticsなどのツールや、利用しているECプラットフォームの管理画面から取得できることが多いです。
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売上関連のKPI
- 売上高: 一定期間(例:1ヶ月、1四半期)における合計売上金額です。最も基本的な指標ですが、単独で見るのではなく、他の指標と組み合わせて分析することが重要です。
- 平均注文単価 (Average Order Value / AOV): 1回の注文あたりの平均購入金額です。この数値が高いほど、効率的に売上を上げられていると言えます。クロスセル(関連商品を一緒に販売)やアップセル(より高額な商品を販売)の施策効果を測るのにも役立ちます。
- 粗利率: 売上から売上原価(商品の仕入れや製造にかかった費用)を差し引いた粗利が、売上高に占める割合です。利益を確保できているかを見る上で重要です。物流費や決済手数料なども考慮して、実質的な利益率を把握することも大切です。
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顧客関連のKPI
- 新規顧客獲得数: 一定期間に初めて商品を購入した顧客の数です。新しい顧客を獲得できているかを示す指標です。
- リピート率: 一度購入した顧客が、再度購入してくれた割合です。リピート顧客は新規顧客よりも獲得コストが低い傾向があり、事業の安定的な成長にはリピート率の向上が不可欠です。
- 顧客獲得単価 (Customer Acquisition Cost / CAC): 一人の新規顧客を獲得するためにかかった平均費用です。広告費やマーケティング費用などを新規顧客獲得数で割って算出します。この数値が低いほど、効率的に顧客を獲得できていると言えます。
- 顧客生涯価値 (Life Time Value / LTV): 一人の顧客が取引開始から終了までの期間に、自社にもたらす合計利益または合計売上です。LTVがCACを上回っていることが、持続可能なビジネスの条件となります。
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サイト関連のKPI
- 訪問者数 (Sessions / Users): サイトに訪問した回数(セッション)または訪問したユーザーの数です。サイトへの集客状況を示します。
- ページビュー数 (Page Views / PV): サイト内で閲覧されたページの合計数です。サイト内の回遊性を示す指標の一つです。
- コンバージョン率 (Conversion Rate / CVR): サイトを訪問した人のうち、最終的な目標達成(例:商品購入、問い合わせ)に至った割合です。サイトの使いやすさや商品・サービスの魅力などを測る指標として非常に重要です。例えば、「購入数 ÷ 訪問者数」で計算できます。
- 離脱率 (Exit Rate): 特定のページを最後にサイトから離脱した訪問者の割合です。ユーザーが途中でサイトから離れてしまう原因を探るヒントになります。
- 平均セッション時間: 一回の訪問あたり、ユーザーがサイトに滞在していた平均時間です。ユーザーがサイトに関心を持ってくれているかを示す指標の一つです。
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マーケティング関連のKPI
- 広告費用対効果 (Return On Advertising Spend / ROAS): 広告費用1円あたり、どれだけの売上が得られたかを示す指標です。(売上高 ÷ 広告費用)× 100(%)で計算します。広告の効果測定に用いられます。
KPIを経営判断に活かすためのステップ
KPIを設定するだけでは意味がありません。これらの指標を定期的に確認し、分析し、経営判断に活かすことが重要です。
- モニタリング: 設定したKPIを、週次や月次などの定期的なタイミングで確認します。可能な限り自動的に数値が集計される仕組みを整えると効率的です。
- 分析: 確認した数値が、目標に対してどの程度達成できているかを確認します。目標を下回っている場合は、その原因を探ります。「なぜ訪問者数は増えたのに売上が伸びないのか?」「なぜ特定の商品だけ離脱率が高いのか?」など、疑問を持って深掘りします。
- 改善策の検討と実行: 分析結果に基づいて、具体的な改善策を検討し実行します。例えば、CVRが低い場合は、商品ページの内容を見直す、決済方法を増やす、サイトのデザインを改善する、といった施策が考えられます。
- 効果測定と見直し: 実行した改善策が、実際にKPIにどのような影響を与えたかを測定します。効果があった施策は継続・強化し、効果が薄かった施策は修正するか中止を検討します。また、市場環境の変化や事業の進捗に合わせて、目標やKPI自体を定期的に見直すことも重要です。
成功・失敗事例から学ぶKPI活用のヒント
過去の事例から学ぶべき点として、目標設定やKPIの活用方法に関する教訓があります。
- 失敗事例: 「とにかく売上だけを目標にしていたが、利益率が低く、赤字になってしまった」「サイト訪問者数は多いのに、誰も購入してくれない状況が続き、原因が分からなかった」といったケースがあります。これは、売上以外の重要な指標(粗利率、CVRなど)を見ていなかったために発生しやすくなります。
- 成功事例: 「ターゲット国ごとの言語対応状況や決済方法の導入が、CVRやAOVにどのように影響するかを詳細に分析し、ローカライズ施策を最適化した」「新規顧客獲得だけでなく、リピート率向上を目指して、購入者向けの特別なクーポン配布施策を行い、LTV向上を実現した」といったケースでは、複数のKPIを相互に関連付けて分析し、具体的な改善策に繋げています。
大切なのは、単に数字を追うのではなく、それぞれのKPIがビジネスのどの側面を表しているのかを理解し、それらが目標達成にどのように寄与するのかを考えることです。
まとめ
初めての越境ECにおいて、明確な目標設定と、その達成度を測るための適切なKPI設定は、事業を成功に導くための羅針盤となります。まずは「どのような状態を目指したいのか(目標)」を具体的に設定し、次に「その状態に近づいているかをどうやって測るか(KPI)」を決めましょう。
ご紹介した主要なKPIは、越境ECの基本的な状況把握に役立ちます。これらの指標を定期的にモニタリングし、分析し、改善に繋げるサイクルを確立することが、不確実性の高い越境EC市場で成果を出すための重要なステップです。
難しく考えすぎず、まずは自社の事業フェーズや目標に合わせて、いくつかの重要な指標に絞って設定し、取り組みを始めてみることをお勧めいたします。データに基づいた経営判断が、越境EC成功への確実な一歩となるでしょう。